フィットネスや競技スポーツの指導現場の一部では、筋力トレーニングを行うよりも先に、良い動きを作ることが重要だとする傾向が見られています。
- 動きが良ければトレーニングが効果も高くなる
- 動きが良ければ不調が少なくなる
- 動きが良ければケガもしない
- 動きが良ければスポーツ競技のパフォーマンスを向上させるための土台となる
こうした言葉を一度は耳にしたことがあると思います。どれももっともらしく聞こえますが、どういう基準で「良い動き」や「悪い動き」を評価するのかはハッキリ決まっているわけではありません。
研究の世界では、高価な機械を用いて動作の解析を行うことができます。しかし、フィットネス指導の現場ではそうしたものを利用するのは現実的ではありません。
こうしたものの代わりに、「FMS」という評価法を使って動作の良し悪しを評価するのが効果的だと言われることがあります。
今回は、FMSという評価法が本当に指導現場に役立つのかを検証していきます。
1. FMS
FMSとは
FMSとは、いくつかのテスト項目の中で、動作中のクセを見つけて点数化する評価方法です。
FMSでは、次の7つの動作が評価されます。
- オーバーヘッドスクワット
- ハードルステップ
- インラインランジ
- ショルダーモビリティ
- アフティブストレート・レッグレイズ
- トランクスタビリティ・プッシュアップ
- ロータリースタビリティ

△FMSで評価される種目
それぞれの動作は、0〜3点までの4段階で評価されます。それぞれの点数は、次のような基準で決められます。
0点:動かすと痛みがある
1点:動作を行えない
2点:動作は行えるが、代償動作がある
3点:動作を完全に行える
FMSによって分かると言われているもの
FMSでは次のことが評価できると言われています。
- 動作の効率
- 競技力
- ケガのリスク
上記のことはFMSに関するさまざまな本で確認できますが、本当にこういったことが評価できるという根拠があるのかはよく分かりません。
ここからは、FMSによって上に書かれているようなことが本当に評価できるのかを、FMSに関する研究を見て確認していきましょう。
FMSと動作の効率
「動作の効率」は運動のパフォーマンスである程度推し量ることができます。運動のパフォーマンスとは、例えば、ダッシュのタイムが良くなる、高く跳べる、遠くへ物を投げられる、といったことが当てはまります。
もしFMSによって「動作の効率」が分かるなら、FMSの点数が高い人ほどこういった運動パフォーマンスも良くなる傾向が見られると考えることができます。
実際のところはどうなのでしょう?
女性競技者を対象にしたこの研究を見ていきます。この研究では、FMSの点数と以下の種目の成績の関連性が調べられました。
- 20mダッシュ
- 長座体前屈
- Tテスト
- 垂直跳び(両脚・片脚)
- 立ち幅跳び
などなど
FMSの点数とそれぞれの運動パフォーマンスには関連性が見られませんでした。つまり、FMSの点数が良くても、運動パフォーマンスが良いとは限らなかったということです。
これ以外の研究でも、FMSと運動パフォーマンスとの間にハッキリとした関連性は見られていません。
FMSの点数からはパフォーマンスの良し悪しを推し量るのは難しいということになります。こういうことから、FMSによって動作の効率を推し量るのも難しいと考えられます。
競技力とFMS
FMSによって競技力が分かると提唱されています。これが本当なら、FMSの点数が高い人ほど競技成績が良いということが見られるはずです。
この研究では、サッカーのプロ選手と大学生の選手とでFMSの平均点数を比較しました。一般的には、プロ選手の方が大学生よりもサッカーがうまいと考えられます。
以下は、各グループでのFMSの平均点数を示したグラフです。
競技力に差があるはずのグループであっても、FMSの点数はほとんど違いがありません。FMSの点数から競技成績を予測するのは難しいと言えそうです。
ケガとFMS
さまざまなスポーツ競技でのケガの発生リスクとFMSについてまとめたメタ解析では、FMSによってケガのリスクを予測するのは難しいことが示されています。
ここまでの内容をまとめると、FMSによって動きのクセを見つけることはできても、FMSの点数から、「動作の効率」「競技力」「ケガのリスク」を判断するのは難しいと言えそうです。
2. FMSとコレクティブエクササイズ
コレクティブエクササイズとは?
FMSでは、FMSの結果に応じて、動作のクセを修正する運動種目が提案されることが多いです。こういった運動種目は「コレクティブエクササイズ」と呼ばれます。コレクティブエクササイズを行うことで、FMSで見つかった動作のクセを修正していくのが狙いです。
一般的には「ファンクショナルトレーニング」「動的ストレッチ」「コアトレーニング」といった運動種目が含まれます。
コレクティブエクササイズを行うと、実際に動作のクセは修正されるのでしょうか?
コレクティブエクササイズで動きのクセは減るのか?
コレクティブエクササイズを定期的に行うと、FMSの点数が良くなることはいろいろな研究で見られています。
先ほども述べたように、FMSの点数良くなるからと言って、必ずしも運動パフォーマンスが良くなるわけではありません。ただ、コレクティブエクササイズをすることで自分の身体に対する認識を深めたり、自分でも気付かなかった「動きのクセ」を減らせる可能性はあるかもしれません。
しかし、コレクティブエクササイズだけが動きのクセを減らす唯一の方法というわけではないようです。
例えば、この研究ではファンクショナルトレーニングと筋力トレーニングのどちらかを12週間行ってみて、FMSがどれくらい改善するかを見ています。ファンクショナルトレーニングは、「コレクティブエクササイズ」の一例です。
結果は次のグラフのようになりました。
どちらを行なったかにかかわらず、12週間でFMSの点数は同じくらい改善したことが見られます。
また、別の研究でも、ヨガを行うことでFMSの点数が良くなったことが見られています。
こういった研究の積み重ねから、どんな運動かにかかわらず、身体を動かすほどFMSの点数は良くなると考えられています。実際に、普段から身体活動量が多い人ほどFMSの点数が良いという傾向が見られています。
こういうことから、コレクティブエクササイズに限らず、身体活動をいろいろと行うことが動きのクセを修正するのに役立つと言えそうです。反対に、動きのクセを修正するのに、コレクティブエクササイズに限定する必要はないかもしれないということです。
3. まとめ
ここまでに紹介してきたことから、次のことが言えそうです。
- FMSを使っても、動作の効率、競技力、ケガのリスクを予測するのは難しい。
- 動きのクセを修正するには身体を動かすことが重要。コレクティブエクササイズである必要はない。
ただ、これらを普段のトレーニングやトレーニング指導に取り入れる余地が全くないかというと、そうではありません。次のような考え方が役立つかもしれません。
FMSは経験の浅い指導者に役立つかも
経験のある指導者であればFMSを使わなくても動きのクセを見分けられるかもしれませんが、経験が乏しい指導者の場合は難しいかもしれません。
こういう指導者にとって、FMSは、クライアントがどういった動作のクセを持っているのかを把握するのに役立つかもしれません。
いろいろな場面でコレクティブエクササイズを行う
コレクティブエクササイズは、いろいろな場面で活用できる可能性はあります。
例えば、ダイナミックストレッチは、身体を操作するための訓練やウォームアップとして活用できます。また、コアトレーニングを行うことで、身体の使い方に気づくキッカケが作れるかもしれません。
まずは、FMSとコレクティブエクササイズの出来ることと出来ないことの範囲を明確にしておきましょう。その上で、必要に応じてそれぞれを活用していけば良いと思います。